夜道で風(fēng)呂敷の荷を結(jié)び直していると、「おい、何をしている」、巡査に肩を押さえられた。永井荷風(fēng)「東綺譚(ぼくとうきたん)」のひとこまである
走夜路時停下來重新整理一下行李包裹的結(jié)扣兒,結(jié)果被巡警按住肩膀問道“おい(喂)!在干什么?”這是永井荷風(fēng)《東綺譚》中的一個片斷。
還暦も近い身で主人公はひじを小突かれつつ派出所に連行され、そこでも「おい」「おい」と尋問を受ける。遠(yuǎn)い昔、警察官が口をひらけば「おい、こら」の時代があった
拖著年近花甲之軀,主人公被推搡著胳臂肘兒帶到派出所,在那里他也“おい(喂)、おい(喂)”地受到盤問。很久以前,曾有過這樣的年代:警察開口說話之前一定要先來個“おい(喂)、こら(哎)”。
元は薩摩弁であると、社會學(xué)者の加藤秀俊氏が「一年諸事雑記帳」(文春文庫)に書いている。明治初年に日本で初めて警察官3000人が東京府に配置された際、うち2000人を鹿児島で募集した
社會學(xué)者加藤秀俊在《一年諸事雑記本》中寫道:“おい(喂)、こら(哎)”原是薩摩方言。明治初年日本首次在東京府配置3000名警察,其中的2000名是從鹿児島招收的。
以來、「ちょっと、もしもし」の意味合いで用いられる薩摩弁が警察の標(biāo)準(zhǔn)語になっていくという。言葉の本家だからといって何も、「おい、こら」時代の弾圧的気風(fēng)を後生大事に守ることはあるまい