天聲人語08年11月11日

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護理節(jié)
    芭蕉門下の俳人だった越智越人(おち えつじん)に〈行年(ゆくとし)や親にしらがをかくしけり〉がある。わが子の髪に白いものが交じってきたと気づいたら、親は心細(xì)さに駆られよう。だから隠す。篤実な親思いの句と見たが、違っているだろうか。
    芭蕉門下的俳句詩人越智越人有這樣的句子:“韶華青春多逝去,隱藏白發(fā)慰雙親”。假如看到孩子的頭上都夾雜了白發(fā),做父母的更會因自身的年紀(jì)而感到失落吧。所以要隱藏起來不讓他們看到。這是多么情真意切的惦念父母的詩句,難道不對嗎?
    誰が言ったか、「父母存するうちは老いを稱せず」という教えも記憶する。親が生きているうちは、自分が老いたとは口にしない。古風(fēng)な孝行の心構(gòu)えだろう。だが昨今は、親を世話する子による虐待の悲劇が後を絶たない。
    我仍記得不知是誰說過的“父母尚在不言老”的教訓(xùn)。父母還活著的時候不要說出自己上了年紀(jì)的話。這是傳統(tǒng)的孝敬之道吧。但是如今,照顧父母的子女發(fā)生虐待行為的悲劇層出不窮。
    厚生労働省によれば、昨年度に家庭內(nèi)で起きた高齢者の虐待は1萬3千件を超えていた。被害者の7割は介護の必要な人だった。加害者の4割強は息子で、今回も一番多い。衣食住の心得が乏しいからか、どうしても男はストレスをためやすいようだ。
    據(jù)厚生勞動省統(tǒng)計,去年度在家庭中發(fā)生的針對高齡者的虐待超過了1萬3千起。受害者的7成是需要護理的人。施虐者的4成多都是兒子,這次也是最多的。是因為對衣食住的家計經(jīng)驗較為貧乏吧,似乎男子更容易產(chǎn)生精神壓力無法消除。
    親の壽命が延びれば、子も老いの坂にかかりだす。白髪を隠し、弱気を封じての親孝行は、長持ちはすまい。同居する獨身の子による「シングル介護」も増えていると聞く。身內(nèi)の「頑張り」に多くを擔(dān)わせる介護は、もろくて壊れやすい。
    父母的壽命延長了,做子女的也會走近衰老的坎兒。隱藏白發(fā),不示老邁于父母的孝行終究不是長久之計。聽說依賴與父母同住的單身子女的“單身護理”正在增加。依靠家人的忍耐堅持來承擔(dān)護理的重?fù)?dān),脆弱易壞,難以維持。
    きょうは「介護の日」だそうだ。日付の11の重なりを、厚労省が「いい日、いい日」と語呂合わせした。センスはともかく、大臣は母親の介護を體験した舛添氏だ。支え合いを進(jìn)める力になる、実のある一日に期待したい。
    據(jù)說今天是“護理節(jié)”。厚生勞動省將日期上兩個11的疊加,取諧音“好的一天,好的一天”之意。且不論這個主意的好壞,該省的大臣是體驗過照顧母親的舛添要一。期待著這一天能夠成為促進(jìn)互相扶持,富有成果的一天。
    60歳代の半ばから母と夫を同時に介護した歌人の斎藤史(ふみ)は、ぎりぎりの思いを數(shù)々の歌に託した。〈起き出(い)でて夜の便器を洗ふなり 水冷えて人の恥を流せよ〉。介護に疲れた人を、孤立感という荒野に迷わせてはならない。
    65歲之后同時照顧母親和丈夫的和歌詩人齋藤史在很多歌中描寫了因護理兩個人而心力交瘁的感覺?!案γ骷丛缙?,洗刷夜里的便器,水是如此寒冷徹骨,或能沖刷掉我的羞恥感”。不可以讓疲于護理的人再迷惘于孤立感的荒野。
    7月27日、厚生労働大臣は、都內(nèi)で開かれた「福祉人材フォーラム」(厚生労働省·全國社會福祉協(xié)議會共催)で、11月11日を「介護の日」に定めることを公表した。語呂合わせで「いい日いい日」という意味合いがあるらしい。公表に先立って日にちや名稱に関する意見を國民に求めた際には、「介護の日」の目的を「介護についての理解と認(rèn)識を深め、介護従事者、介護サービス利用者及び介護家族を支援するとともに、利用者、家族、介護従事者、それらを取り巻く地域社會の交流促進(jìn)を図る観點から、高齢者や障害者等に対する介護に関する普及啓発を行うこと」とし、舛添大臣自ら「介護に攜わる人たちが生き生きと、社會から尊敬されて仕事ができるように」と説明した。あえてこの時期に打ち出してきたのは、先行きの見えない醫(yī)療·介護の問題を國民レベルで認(rèn)識し、改めてその深刻さを受け止めて欲しいという意図が見え隠れしているようにも思える。