日本和中國的酒文化

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中日酒文化の相違點中日文化は、起源を一つにするので、両國酒文化の意識性が合致するということを理解しにくくない。しかし、それぞれの社會環(huán)境や歴史的境遇によって、各酒文化から反映した國民性と義理表現(xiàn)には、差異がある。中國の酒文化の文學(xué)性と科學(xué)性は、比べなぞらえられないほどのレベルに達したが、日本の酒文化の変異性、言換えると古い観念及び自身を変えて、発展を求めるということを、私達が勉強するにたえる。
    3―1國民性國民性についておおまかに言えば、日本人は、よく相手の気持ちや立場を察して、それも考慮に入れて、発言したり、行動したりする傾向が強い。それより、中國人は、少し自分の意志を相手にぶつけて強く自己主張するようである。そして、酒は、人間関係を潤滑できて、儀禮表現(xiàn)の媒介である。が、國民性によって、義理表現(xiàn)は、日本人は、もっと含蓄であるが、中國のほうは、ずっと直接である。
    3―1―1 適量と過量「乾杯」という言葉は、日本、中國ともに使われる。しかし、中國人が言うところの「乾杯」は、必ず杯に注がれた酒を一息に飲み干さなければならない。これは、日本人がいうところの「乾杯」とは基本的に異なる。日本では、「乾杯」とは言うが、必ずしも杯の酒を飲み干す意味ではない?!袱盲胜坤薄工趣いΔ长趣韦瑜Δ扦ⅳ?。また、中國には相手に酒を勧めるという習(xí)慣がある。宴會の席では、友達の間や主客の間において、お互いに「もう一杯どうぞ」と酒を勧め合う。このような習(xí)慣によって、相手に対する自分の思いやりと友情の気持ちなどを表現(xiàn)したり、伝えたりする。そして雙方が飲める限界の量やそれを超えたたおき、相互に初めに友情として認(rèn)め合う。言わば、「酒は知己に逢えば千杯も少なし」である。もしモンゴル族の家庭の人々に、心から喜んでもらえる。でも 日本では、無理に勧めることをしなくて、人々それぞれ自分の「酒の量にあわせて」、酒を飲むことが多い。
    近年、我が國では、「代酒」(他の人が 本人に代わって酒を飲むこと)という新しい習(xí)慣も現(xiàn)れた。例えば、宴會の席で、もし上司があまり酒を飲めない人ならば、他の人が、その人に酒を勧めた頃、その部下が、或いは付き添いの人が、代わりに酒を飲むといった具合である。つまり、中國人は、酒を飲む時には「過量」にたしなみ、日本人は「適量」をたしなむと言える。このような酒文化の習(xí)慣の違いは、まさに日本、中國のそれぞれの國民性をよく反映していて、「過量」は、中國人の持つ豪快で、直接的且つ素直な性格を、「適量」は、日本人の持つ婉曲で、一歩下がって他人を考え常に和を好むという性格もよく表わしていると思う。
    3―1―2 酒と禮儒家思想の中で、禮は、仁、義、孝などと並ぶ、重要な徳目の一つであり、まず「履」(実踐)なのでもある。漢と大和民族は、禮を重んずる民族である。特に、文明古國と言われる中國では、禮は、大切な美徳とされて、あらゆる時代の人々の品行を正しくしている?!付Y記」には、「酒を以って禮をなす」と述べている。これから見れば、酒が、禮の表現(xiàn)形式の一つだと分かった。史書を読んでいると、外國の使節(jié)を慰労するようなとき、「牛酒を贈る」といった表現(xiàn)が多い。公孫弘が、病気で辭職しようとしたとき、漢の武帝がプレゼント攻勢で、慰留したかったが、「史記」によれば、やはり「牛酒雑帛を賜う」と酒を贈ったそうである。また、歴代の帝王は、戦いに勝って、凱旋して帰った將士に、必ずねぎらって、酒をはじめ、賞を與えた。これは、「三國演義」といった小説が、いろいろ記述された。
    以上の君主が、臣下に酒を賜うように、禮を表することと反対に、「先禮後兵」の政治闘爭も、酒を切り離せない。昔、鴆酒で、敵を殺すことは多かった。歴名高い「鴻門宴」とか「杯酒釈兵権」なども、酒宴をきっかけに、自分の目的を達しようとすることである。
    酒は、君臣の関係に利用されるだけでなく、普通の人間関係にも、いつも見られる?!甘酚洝⑺抉R相如伝」の中には、人々が爭って、彼と付きあいたいと願っていたことを述べるのに、「酒を獻じて以って交驩す」とある。今に、歓迎、送別の宴會及び新年と節(jié)句のたびことの贈り物から、冠婚葬祭にかけて、酒も、大切な役に立っている。
    禮は、中國酒文化の優(yōu)れているところにあるのである。
    3―1―3獻酬中國の「乾杯」と贈り物としての酒を通して、義禮や友情を表わすこととひきかえに、日本人は、よく飲み方で、含蓄に親しみの気持ちを表わす。
    徒然草に「魚道」なる風(fēng)習(xí)が、登場している。即ち、盃に酒を殘し、それで口のついたところをすすぎ流すという盃洗である。日本の場合、酒は、古くは、一人で飲むものではなく、集団の儀禮の中にあって飲むものであった。それ故、酒だけがもつ日本獨得の風(fēng)習(xí)に、獻盃と盃洗ということである。獻酬と返盃との獻酬は、酒を中にして、相互の近付きを証明する仕方である。
    昔の飲み方は、一つの大杯に、なみなみと酒を注ぎ、それを飲み回すものであった。上座の人から順に口をつけていく。人數(shù)が、多くなると、「振り分け」といって、二つの大杯を左右に飲み回したり、座が進んでくると、「上り獻」といって、下座から、上座に飲み回したりした。そのように、獻盃しては、返盃するということは、一巡するとこれが一獻であり、三獻が普通であった。みんな同じ杯の酒を飲みあればこそ、獻酬から、共同一體感を得やすいわけである。獻酬と盃洗は、人間関係を親しくして、儀禮を表現(xiàn)するのを目標(biāo)にして、大切な日本酒文化の遺産である。したがって、こういった日本酒だけの風(fēng)習(xí)は、今日まで、続いているということである。