天聲人語(yǔ)09年01月15日

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かわいがっていた犬や貓を失って落ち込む人は多い。「ペットロス」という言葉が當(dāng)時(shí)あったかどうか知らないが、日本中が悲痛な思いでニュースを聞いたらしい。1958年、南極観測(cè)隊(duì)が15頭の樺太犬を昭和基地に置き去りにしたときだ
    因?yàn)樘嗳艘蛲词廴畬欂埗榫w低落,所以現(xiàn)在有一個(gè)詞叫做“pet loss”。1958年,南極考察隊(duì)將15頭樺太犬丟棄在昭和基地時(shí)是否有這個(gè)詞我不得而知,但那條新聞確實(shí)令整個(gè)日本陷入了悲痛中。
    第1次越冬隊(duì)と交代する2次隊(duì)は、氷と悪天に阻まれて越冬を斷念する。犬は鎖につないだまま殘された。萬(wàn)策が盡き、やむを得ない決斷だったのは、映畫「南極物語(yǔ)」などでご存じの方もおられよう
    當(dāng)年因?yàn)槭艿奖鶅龊吞鞖鈵毫拥挠绊?,接替第一支越冬?duì)的第二支隊(duì)放棄了在南極過(guò)冬的計(jì)劃,在想盡各種辦法都無(wú)效后,不得不決定將同行的樺太犬拴著鎖鏈留在了那里。一定還有人記得吧,電影《南極物語(yǔ)》講述的就是這個(gè)場(chǎng)景。
    しかし、帰國(guó)した隊(duì)員には非難が集中した。脅迫狀も相次いだ。身の危険もあったらしく、2次隊(duì)の副隊(duì)長(zhǎng)だった故·村山雅美(まさよし)さんから「警察が家の周りを警備してくれた」と聞いたことがある。こうしたことは、昔も今も変わらない
    但是,隊(duì)員們回國(guó)后卻陷入了一片批評(píng)聲中,甚至接連收到了恐嚇信。據(jù)第二支隊(duì)的副隊(duì)長(zhǎng)、已故的村山雅美說(shuō),他們幾乎人身安全都受到了威脅,“我家附近要設(shè)警察站崗”。從那時(shí)開始,批評(píng)之聲一直都沒有間斷。
    置き去られて1年ほど過(guò)ぎた50年前のきょう、非難は感動(dòng)に変わる。タロとジロの生存が、夕刊で大きく伝えられた。極寒を生き抜いて3次隊(duì)に再會(huì)した。だれもが驚いたとみえ、翌朝の小欄も「英雄的生存」と興奮ぎみの筆を殘している
    不過(guò)五十年前的今天,即棄狗事件發(fā)生一年多以后,人們的批評(píng)化作了感動(dòng)。因?yàn)椋韴?bào)上大張旗鼓地報(bào)道了(15只狗中的兩條)—太郎和次郎還活著的消息。令所有人吃驚的是,它們挺過(guò)嚴(yán)寒,等到了第三支隊(duì)。次日,本欄目也借一篇名為《英雄的生存》的文章表達(dá)了興奮的心情。
    「タロとジロは英雄になりましたが、死んだ13頭も忘れられません」と北村泰一·九大名譽(yù)教授(77)は言う。1次、3次隊(duì)に參加し、犬係をつとめた人だ。首輪のまま力盡きていた犬たちは、氷を割って全員で水葬にしたそうだ
    當(dāng)時(shí)參與到第一、三支隊(duì)中負(fù)責(zé)照顧狗的九州大學(xué)名譽(yù)教授北村泰一(77歲)說(shuō):“雖然太郎和次郎成為了英雄,但也不能忘記那死去了的13條生命”。 據(jù)說(shuō),那13條戴著項(xiàng)圈耗盡全力而死的樺太犬后來(lái)全部被破冰水葬在了南極。
    「暗い海へゆらゆらと沈んでゆくさまに、人も動(dòng)物も変わらない生命の荘厳を思った」と回想する。動(dòng)物ものの美談に涙しながら、多くの犬貓をガス室に送る今の世。身勝手を憤るタロジロたちの聲を、遠(yuǎn)く聞くような50年の後である。
    回想起當(dāng)時(shí)的情景,北村說(shuō):“從那些緩緩沉入海洋深處的動(dòng)物身上,我感受到了跨越人與動(dòng)物界限的生命尊嚴(yán)”。今天,我們?cè)跒閯?dòng)物美談落淚的同時(shí),又將大批的貓狗送入了毒氣室。五十年后的此時(shí)此刻,我似乎聽到遠(yuǎn)方傳來(lái)了太郎和次郎*這種自私行徑的叫聲。
    タロ(1955年10月 - 1970年8月11日)とジロ(1955年10月 - 1960年7月9日)は日本による初期の南極地域観測(cè)隊(duì)に同行した樺太犬の兄弟。
    タロとジロの像(名古屋港ガーデン埠頭)
    南極に取り殘されながら共に生存し、1年後に救出された事で有名になる。
    ところが、1959年1月14日、第3次越冬隊(duì)のヘリコプターにより、上空から昭和基地に2頭の犬が生存している事が確認(rèn)される。著陸すると駆け寄ってきて操縦士に寄ってきたが、大きく成長(zhǎng)していて、どの犬だったのか判別がつかなかった。急遽、1次越冬隊(duì)で犬係だった北村が次の機(jī)で基地に向かう事になった。犬達(dá)は北村に対しても警戒していたが、頭を撫でながら次々と犬の名を呼び掛けると、1頭はタロの名のところで反応して尻尾を振った。もう1頭もジロの名に反応した事から、この兄弟が生存していた事が確認(rèn)されたのである。