シリーズ明日へ。宮城県の南三陸町では、ボランティアが拾い集めた寫真や位牌が公開されています。被災(zāi)した人たちは、がれきの中から生きた証を探し続けています。
宮城県南三陸町の廃校となった中學(xué)校。床に広げられた寫真を見つめる多くの人の姿がありました。
「お父さんとお母さんだ。新婚旅行、四國(guó)に行ったって言ったから、多分、お父さんとお母さん」(女性)
1枚の寫真が記憶の絆をつなぎとめます。がれきの中からボランティアが拾い集めた思い出の品々。その數(shù)、実に10萬(wàn)點(diǎn)以上。
「茶室からきっと流れてきたんですよね」(田中郁子さん)
津波で流された家族の寫真を取り戻した田中郁子さん。長(zhǎng)男のアルバムは見つかりましたが、津波で亡くなった24歳の二男の幼いころの寫真が見つかりません。
「おなかの中にいるのが二男ですね。長(zhǎng)男しか寫っていないですね」(田中郁子さん)
この日は2時(shí)間ほど寫真の海を漂いました。しかし、結(jié)局、二男の寫真は出てきませんでした。
「形だけでも葬儀をしてやろうかなと思っていますので。それまでに小さなころの寫真が見つかったらなという思いで、きょうはやって來(lái)たんです」(田中郁子さん)
「何回でもここに通う」。そういい殘し田中さんは會(huì)場(chǎng)を後にしました。
「寫真あった。私の結(jié)婚式」(佐藤アツ子さん)
一方、息子と寫真を探しに來(lái)ていた佐藤アツ子さん。結(jié)婚式や子どもたちの寫真が數(shù)多く見つかりました。早速、持ち帰った寫真を家族で囲みます。
「いっぱいあったね。おうちだ」(佐藤アツ子さん)
2年前に建てた家。津波で完全に破壊されました。殘ったのは家の基礎(chǔ)部分と住宅ローンだけ。
「諦めでしょうね。うちだけ流されたなら、ああと思うが、周りみんななので、どうしようもない」(アツ子さんの息子・佐藤宏さん)
震災(zāi)前の日常の記憶と、突きつけられた現(xiàn)実。しかし、佐藤さんの気持ちはすでに前へと向かっています。
「なってしまったものはしようがないので、後ろ見ててもしようがない」(佐藤宏さん)
津波や泥の中からすくい上げられた記憶の斷片。被災(zāi)した人たちが、わずかな光を頼りに前を向くきっかけを探しています。(06日16:35)
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以上是日本留學(xué)網(wǎng)https://riben.liuxue86.com/exam/日語(yǔ)組小編整理的2011年06月日語(yǔ)能力測(cè)試的《[日語(yǔ)原文]社會(huì):がれきの中の「絆」探し、宮城・南三陸町》文章,恭祝大家考試順利通過(guò)!