現(xiàn)代日本語文法『數(shù)量詞遊離』

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    日本語文法『數(shù)量詞遊離』
    日本語の名詞は不可算名詞なので數(shù)える場合には助數(shù)詞とか數(shù)量詞とよばれる語をつけなくてはなりません?!袱窑取工螆龊悉稀溉恕工趣赴簟工螆龊悉稀副尽工趣い?shù)量詞をつけます。
    (1)
    a. 3人の學(xué)生が公園へ行きました。
    b. 3人の學(xué)生が5本の鉛筆を買いました。
    (1a)の「3人の」や(1b)の「5本の」が數(shù)量詞となります。このような數(shù)量詞は浮遊してもともとの名詞から離れていくことが可能です。次の例文をみてください。
    (2)
    a. 學(xué)生が3人公園へ行きました。
    b. 學(xué)生が3人鉛筆を5本買いました。
    (2a)では(1a)の數(shù)量詞「3人の」が遊離して主語の後に置かれています。(2b)では(1b)の數(shù)量詞「3人の」と「5本の」が遊離して主語の後と目的語の後に移動しています。このように數(shù)量詞が移動しているのを遊離しているとか浮遊していると呼びます。次の例文をみてください。
    (3)
    a. 3人の大人が本屋で3冊の雑誌を買った。
    b. 大人が3人本屋で3冊の雑誌を買った。
    c. 大人が本屋で3人3冊の雑誌を買った。
    d. 大人が本屋で3冊の雑誌を3人買った。
    (3)では「大人」の數(shù)量詞の「3人の」がどこまで遊離して移動できるかをみた文です。(3d)では目的語の「雑誌を」の後に數(shù)量詞が移動してしまっているので非文になっています。一方、目的語の名詞についている「3冊の」という數(shù)量詞がどこまで遊離していどうするかを見たのが次の例文です。
    (4)
    a. 3人の大人が本屋で雑誌を3冊買った。
    b. 3人の大人が本屋で雑誌を買った3冊。
    (4a)の數(shù)量詞の遊離は文法的ですが、(4b)の數(shù)量詞の遊離は非文となります。目的語を修飾している數(shù)量詞は動詞の前の位置までは遊離して移動することが可能ですが、動詞の後に移動することはできません。次の例文をみてください。
    (5)
    a. 3臺の車が高速道路で大破した。
    b. 車が3臺高速道路で大破した。
    c. 車が高速道路で3臺大破した。
    d. 車が高速道路で大破した3臺。
    「3臺の車」の數(shù)量詞「3臺の」は遊離して移動して動詞の「大破した」の前まで移ることができます。しかし(5d)のように動詞の後では非文となります。次の例文をみてください。
    (6)
    a. 3人の男が學(xué)校で暴れた。
    b. 男が3人學(xué)校で暴れた。
    c. 男が學(xué)校で3人暴れた。
    d. 男が學(xué)校で暴れた3人。
    (6c)の數(shù)量詞の「3人」が場所を表わす「學(xué)校で」の後に置かれると非文になります。これとよく似た(5c)では場所を表わす「高速道路で」の後に數(shù)量詞の「3臺」が移動しているにもかかわらず文法的なのはいったいどうしてでしょうか。(5c)と(6c)で數(shù)量詞の遊離に関して異なった振る舞いをするのは動詞の種類と関わってきます。(6c)の動詞の「暴れる」は主語が意図的に行う非能格動詞とよばれる動詞です。一方、(5c)の動詞「大破する」は主語の意志とは関係なくある事象を表わす非対格動詞と呼ばれる動詞なのです。
     
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