原発から20キロ圏內。警戒區(qū)域への一時帰宅が10日、初めて実施されました。
「ほっとしたというか、安心した。やっぱり自分の家だと」(川內村の男性)
「牛が10頭いたが5頭は死んだ。3頭しか姿が見えない。あと2頭はどこへ・・・」(川內村の女性)
たった2時間の我が家。本當にここへ戻れる日はいつになるのでしょうか。初めての一時帰宅の対象となったのは、川內村の54世?。梗踩?。村の一部が、福島第一原発から半徑20キロ圏內の警戒區(qū)域にあります。
「目に見えるものなら大したことないが、目に見えないからやっぱり不安だ」(川內村の男性)
各避難先から村の村民體育センターに集合し、そこからバスで警戒區(qū)域に入ります。防護服を著用し、線量計などの攜帯が求められています。2か月前まで、想像もしなかった狀況です。説明を受けないと、家へ帰れません。
「これだけの裝備をしなければいけないのが、一番の不安ですね」(川內村の男性)
放射線量への警戒から、自宅での滯在時間はわずか2時間。持ち帰れるものは縦橫70センチほどのビニール袋に入れられるものに限ります。
「暑いですね」(草野大地さん)
防護服を著て、こう話すのは草野大地さん(22)。母の冬子さん(53)とともに、自宅へ向かいます。8日、大地さんは、郡山市の旅館で生活している祖父の市次さん(89)と祖母のサンさん(84)を訪ねました。
「茶だんすがあるでしょ、アルバムと箱に入った寫真。あらかた持ってきて」(大地さんの祖母・草野サンさん)
祖母から頼まれたのは、浪江町に住んでいた長女・君江さんの寫真です。君江さんは娘や孫とともに津波に巻き込まれたと見られ、現(xiàn)在も行方がわかっていません。
「もう、寫真見たら涙だけでしょう。娘と孫とひ孫の寫真見たら」(草野サンさん)
また、妹の歩さん(19)からもあるものを頼まれました。2歳のときに亡くなった父親の寫真です。
5臺のバスに分乗し「警戒區(qū)域」內へ入ります。大地さんと母親の冬子さんも自宅へ戻りました。地震の影響か、本や食器が散亂する室內。祖母が話した茶だんすから出てきたものは・・・
「これが(孫の)美穂ちゃんの寫真かな」(草野冬子さん)
祖母のサンさんに頼まれていた孫の寫真です。妹の歩さんから頼まれていた父親の寫真も見つかりました。70センチ四方のビニール袋はすぐいっぱいになりました。
「ほっとしたというか、安心しましたね。やっぱり自分の家だと、あっちとは違いますね」(草野大地さん)
わずか2時間。住民にとって短い一時帰宅が終わりました。住民に聲をかける川內村の遠藤村長。改めて無念の思いを口にしました。
「悔しいよね。自分の家に入るのに防護服著て、2時間自分の家をビデオ撮って、ずっと泣いてたって。異常ですよ」(川內村・遠藤雄幸村長)
21頭の牛を飼っていた男性は、避難のときに放牧したのですが、中には死んでしまった牛もいたといいます。
「家內が行ったら鳴き聲が聞こえたので、やっぱり待っていたんだなと。ああいう姿を見ると、見殺しにはしたくない」(酪農家の関根正さん)
一時帰宅から戻り、草野大地さんは頼まれた寫真を手に祖母のもとへ向かいました。
「お帰り。どうもご苦労さま 」(草野サンさん)
まっさきに取り出したのは、家で見つけた七五三の寫真です。
「お母さんの大きく寫っている顔だね」(草野サンさん)
「ほとんど寫真探しに時間使っちゃって」(草野大地さん)
「よかったです。 責任果たせるような感じがしますね 」(草野サンさん)
(10日23:02)
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以上是日本留學網(wǎng)https://riben.liuxue86.com/exam/日語組小編整理的2011年05月日語能力測試的《[日語原文]社會:警戒區(qū)域へ初の一時帰宅、川內村で実施》文章,恭祝大家考試順利通過!